2004年4月19日月曜日


先進医工学研究機構発進!


 2004年4月19日、東北大学先進医工学研究機構の開所記念式典が行われました。
 我々と一緒に六大学共同で波動型人工心臓の開発研究プロジェクトを行ってきたプロジェクトリーダーの井街宏教授を東京大学から招聘し、また玉井医学研究科長を機構長に、全学的な規模で医工学研究を推進します。
 我々と研究を一緒に行ってきた多くの共同研究者の先生方の研究がタスクテーマとして採択され、研究の場を東北大学内に持てることを大変幸福に思っています。
 
 ナノメディシン分野でナノセンサ、能動カテーテルを目指す芳賀洋一助教授は、医学部卒業後、我々の加齢研MEの大学院に入学、工学部の江刺 研究室でナノマシン・マイクロマシンの開発研究に従事してきました。医学部出身で大学院医学研究科に入学したはずなのに、何故か、医学博士ではなく工学博 士を取得する結果になり、工学部で講師としてがんばっていましたが、医工学研究機構の設置に伴って戻ってきてくれました。うちの人工心臓、人工心筋制御の ためのナノセンサシステムを試作してくれています。我々の研究室で行われた山羊を用いた動物実験でも、有効な性能が確認されており、実用化が期待されま す。

 生命機能科学分野の堀義生助教授は、ボストンでの再生医療研究の経験を生かして、消化管の再生などの研究を行っています。開発した人工食道は我々加齢研MEの実験室で山羊の食道と置換手術が行われ、水を飲み込めるところまで来ています。
 加齢研MEの人工食道プロジェクトは、研究成果活用プラザ宮城の新規プロジェクトに採択され、億単位の予算で蠕動運動を行う人工食道の実用化を目指します。
 医工学研究機構の再生医療技術と、加齢研MEの人工臓器アクチュエータが技術が結婚して、臨床応用可能な人工食道の誕生が待ち望まれます。

 ナノメディシン分野の羅雲助教授の「人工括約筋」は、加齢研MEの人工心筋プロジェクトから派生しました。
 大腸癌の手術後は腹壁に人工肛門が増設される場合が多く、患者様のQOLを妨げます。
 羅助教授の人工括約筋は形状記憶合金を使ったシンプルな構造で排便をコントロールします。日本の人工臓器の研究は研究は進んでいても臨床応用の過程で欧米に遅れる問題が指摘されてきましたが、日本人工臓器学会ともタイアップしていち早い臨床を目指します。


  ナノメディシン分野長の井街宏教授は、東北大学もこれまで参画して共同研究を行ってきた六大学共同の波動型人工心臓プロジェクトを統括してきました。この 度、先進医工学連携機構が東北大学に設置されたことに伴って招聘され、東北大学に来てくださることになりました。波動型人工心臓は日本独自のアイデアで開 発された全く新しい人工心臓であり、回転運動を容積変化に変換する興味深いメカニズムを保持していますので、超小型軽量でありながら、無拍動流も拍動流も 作り出すことが可能です。
 今後とも、私ども加齢研MEと益々連携を深めて、波動型人工心臓の動物実験を益々精力的に進め、臨床前試験まで進展させる手はずになっています。
この他たくさんのプロジェクトが行われます。
東北大学発の新しい医療技術が、患者様の役に立つ日が近いことを願って研究を進めています。

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3rd Five Continent International Symposium on Cardiovascular Diseases

第三回五大陸
国際心臓血管病シンポジウム

   2004年4月16-19日、北京国際会議センターにおいて、第三回の五大陸国際心臓血管病シンポジウムが開催され、活発なディスカッションが行われました。
日本からも数人の研究者が招聘され講演を行いました。
 東北大学からは、加齢医学研究所の仁田新一客員教授が日本の人工心臓研究について紹介し、山家智之教授は東北大学で行われている21世紀COEプログラム、バイオナノテクノロジー基盤未来医工学について招待講演を行いました。
 特に若い外科研究者に、21世紀COEで行われている人工食道や人工括約筋の研究などについて関心を集め、好評を博しました。また新しい脈波伝播速度測定法CAVIシステムも注目されていました。
 本大会を主催した北京首都大学付属病院でもある安貞医院は、年間三千例の心臓血管外科手術を誇る北京随一の病院であり、北京で唯一心臓移植が行われている病院です。
 ただし、北京では経済的な事情で、移植待ちの患者も補助人工心臓を適応することができず、ブリッジ期間を待ちきれない患者も散見されています。
 日本の優れた人工心臓開発技術を導入することで、両国民のために医療レベル向上が期待されます。

 
 
              

2004年4月16日金曜日


第三回五大陸国際心血管病シンポジウム

3rd Five Continent International Symposium on Cardiovascular Diseases
image002.jpg 2004年4月16-19日、北京国際会議センターにおいて、第三回の五大陸国際心臓血管病シンポジウムが開催され、活発なディスカッションが行われました。
日本からも数人の研究者が招聘され講演を行いました。
東北大学からは、加齢医学研究所の仁田新一客員教授が日本の人工心臓研究について紹介し、山家智之教授は東北大学で行われている21世紀COEプログラム、バイオナノテクノロジー基盤未来医工学について招待講演を行いました。
特に若い外科研究者に、21世紀COEで行われている人工食道や人工括約筋の研究などについて関心を集め、好評を博しました。また新しい脈波伝播速度測定法CAVIシステムも注目されていました。
本大会を主催した北京首都大学付属病院でもある安貞医院は、年間三千例の心臓血管外科手術を誇る北京随一の病院であり、北京で唯一心臓移植が行われている病院です。
ただし、北京では経済的な事情で、移植待ちの患者も補助人工心臓を適応することができず、ブリッジ期間を待ちきれない患者も散見されています。
日本の優れた人工心臓開発技術を導入することで、両国民のために医療レベル向上が期待されます。

2003年10月30日木曜日

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医療ニュース

波打つ人工食道開発

 形状記憶合金を利用した人工食道を、東北大加齢医学研究所の山家智之助教授(人工臓器工学)らのグループが、東京都内の中小企業と協力して開発した。
 ヤギの体内に埋め込んだ動物実験では、食道本来の波打つような蠕動(ぜんどう)運動を確認した。仙台市で30日から3日間の日程で始まった日本人工臓器学会で発表する。
 山家助教授らが開発した人工食道は、高分子素材のチューブに、形状記憶合金のリングを10個ほど付けた。電流を流してリングを順番に収縮させることで、波打つ動きを再現できる。
 (2003年10月30日 読売新聞 無断転載禁止)

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2003年7月18日金曜日

2003HP


高次脳神経機能の非線形ダイナミクス解析

東北大学加齢医学研究所・未来科学技術共同研究開発センター
山家智之、川島隆太

緒言
ファミコン癲癇や、ポケモンショックの事件発生以来、人工の映像などによる視聴覚刺激が生体に与える悪影響について危惧されるようになり、厚生郵政通産などの官庁においても様々なプロジェクトチームが結成され、研究が進んでいる。
本研究では発想を変えてむしろ画像刺激の持つ積極的な意義について検討するために、最近話題に上る「癒し系」の画像コンテンツに注目し、その生体に与える影響について、心拍変動による自律神経機能解析と脳血流及び脳組織内酸素飽和度の観点から検討を加えた。
対象と方法
健康なボランティアの学生二十例を対象に、拡大スクリーンにてヒーリングビデオコンテンツを視聴させ、心電図及び近赤外線モニタリングデバイス を用いて、心拍変動と脳組織内酸素飽和度を計測した。更に同じコンテンツをヘッドマウンティッドディスプレイを用いて視聴させ、ポジトロンCTにて脳局所 血流について検討を加えた。ヒーリングビデオコンテンツはテラウチマサト氏の「屋久島スライドショー」である。更に対象として、モザイク画像に、音楽を逆 転させた無意味でありながら光と音の刺激の絶対量は全く同じになるコンテンツを試作し、同様に視聴させ、安静時と比較検討を行った。
結果及び結論
いずれのコンテンツ視聴時にも癲癇発作や不整脈の発生は観察されず、有意の心拍数の変化も確認されなかった。心拍変動解析の結果、スペクトル解 析においてはLF成分、HF成分及びLF/HFでは、ばらつきが大きく有意差が確認されなかった。ボックスカウンティング法にてフラクタル時限解析を行っ たところ、対象の逆転画像刺激時に比較して、ヒーリングビデオコンテンツ視聴時においてフラクタル次元の増加が確認された。前頭葉における脳組織内酸素代 謝においては、スペクトル解析では有意の変動が観測できなかったが、アポロキシメトリーエントロピーの時間軸に沿った減少傾向が観測された。ポジトロン CTの画像では、安静時のサブトラクションでは後頭葉の血流増加が確認された。従ってヒーリングビデオコンテンツは心拍変動を支配する自律神経機能と脳血 流に有意の影響を与えている可能性が示唆されたものと考えられる。

2003年7月17日木曜日


 PWV : Pulse Wave Velocity

脈波伝搬速度(PWV)のHPへようこそ!


Its'new!
 baPWVの方法論が、Am J Hypertensionにアクセプトされました。
 第一回東北脈波情報研究会が開催され、盛会のうちに活発なディスカッションが行われました。
 東北大学とスモレンスクステートメディカルアカデミーが学術協定を締結、PWVの国際共同研究を行います


ハンバーガー?、お好きですか?、ケンタッキー?、お好きですか?
 本邦に置ける食生活は戦後大きな変貌を遂げています。
 粗食と言われた日本食から、欧米人並の肉食・乳製品を主体とした食事へ・・・
 最前線の医療機関である市中病院さんや開業医さんで外来をお手伝いしていても、大人のコレステロールはおろか、子供の高血圧、子供の動脈硬化の発症までを心配しなくてはならないのが、飽食の時代にある今の日本の状況です。
 さて、日本人に於いても急増している動脈硬化の「硬化!」とは?
 動脈硬化の「硬化」度。
 すなわち、動脈の血管壁の硬さを診療的に検出する指標が脈波伝搬速度(PWV)です。
 東北労災病院東北大学病院など、市内のいくつかの大きな病院では、このパラメータを応用して動脈硬化の定量診断を実施しています。
 宮城県内の病院や診療所、開業医の皆様と合同で、症例を持ち寄って臨床研究も精力的に邁進しています。


第1回東北脈波情報研究会 
2003年7月19日

代表世話人 伊藤貞嘉(東北大学大学院医学系研究科)
仁田新一(東北大学加齢医学研究所)

事務局 宗像正徳(東北労災病院循環器科)
山家智之(東北大学加齢医学研究所)


脈波伝搬速度(pulse wave velocity: PWV)

 小学校の算数の時間に、速さは、距離 割る 時間で計算されることを習います。
 従って、脈波の伝搬の速度も、測定部位の距離と波が伝わる時間で計算できることになります。
 右の図を見ましょう、心電図のR波発生の後、心音図に反映される心臓の収縮が惹起され、発生した脈波は、ある時間遅れた後に、右手に伝わり、更に時間が遅れて、右足にも伝搬されます。
 重要なのは、波の伝わる速さは、管が硬いほど、また、経が大きいほど、速いと言うことです。
 すなわち、脈波の伝搬速度には、血管の硬さと、血管の経が反映されることになります。
 「動脈硬化」と、言う字を改めて眺めてみましょう。
そう、動脈硬化とは、そもそも血管が硬くなる!、という解剖学的現象を言い表したのが原語でした。
 現在、心筋梗塞・脳卒中など、多くの成人病の諸悪の根元と言われる動脈硬化症の代表的な定量診断法が、脈波伝搬速度PWVです。
 このように重要な動脈硬化の定量的診断法が、非侵襲で、患者さんに全く負担をかけずに計測できることは、大きな福音と言えるでしょう。現在、このPWVは、学会でも注目されており、動脈硬化病変の予後予測の他、高血圧に伴う臓器障害の予測にも大きく役立っています。 
 最近、本邦では、日本コーリンやフクダ電子など様々な医療メーカーで、従来のように面倒な頸動脈の測定などを必要としない、簡便なPWV計測システムが市販されるようになり、一気に一般病院への普及が加速されました。

高血圧治療と脈波伝搬速度   その1その2

血管内皮研究とPWV



PWV検査装置
血圧脈波検査装置 form PWV/ABI (日本コーリン)
血圧脈波検査装置:Vesera VS-1000 (フクダ電子)

2003年6月16日月曜日


部局トピックス(東北大学広報より)

「水泳部のコンパから生まれた発明?!」



 経済に於いても医療に於いても、そして大学に於いても欧米を中心とするグローバルスタンダードの大きな波が押し寄せている状況と考えても現状認識に誤りはないかも知れません。

 では、研究におけるグローバルスタンダードとは? どのような研究体制を指すのでしょうか?

 アメリカを代表する心臓病の施設にクリーブランドクリニックがあります。そこのラボのディレクターをしている友人に聴くと、まず政府や民間の グラントを取るのが全てに優先され、そのグラントを駆使して、クリニックのラボの使用料、動物実験室の使用料、研究者、テクニシャンの雇用、全てが賄わ れ、グラント無きものは去れ!と言うのが現状のようです。兎にも角にもグラント取って使用料を払わなければ、実験室も自由には使えないシステムになってい るそうです。

 勿論、欧米のスタンダードに見習うべき点は多々あるのは、もはや常識なのでしょうが、東北大学における開発や研究の現状にもいい点は幾つかあるような気もいたします。

 加齢医学研究所の実験室の幾つかは殆ど外部にオープンのようなシステムになっており、そこからはこんな発明も生まれました。

 初めにグラントありき、どころか? 研究費など一銭もない中で、研究者の熱意だけでもっていけた発明としては、面白いものもあるかと思い、読み物風にまとめてみました。


第1幕 
朝日生命ビル地下一階の居酒屋「魚市場」医学部水泳部の追い出しコンパ兼OB・OG会の片隅。やかましくて隣の人の声くらいしか聞こえない喧噪の中


天江新太郎(医学部小児外科)「先ぱあい、新聞見ましたよ! 心臓にぴたっと貼り付ける人工心筋って奴!」

山家智之(加齢研)「ああ、形状記憶合金の記事ね、よく見っけたね?」


天江「形状記憶合金って・・・そんなに早くピコピコ動かせるんですか?」

山家「いや、暖っためるのは、ほら、電気流せばいいから簡単なんだよ・・ただ、冷やすのはすっげえ大変で、俺、大学院に入ったとたんに『お前、そこで扇風機持って立ってろ!』って、言われたんだ・・・」


天江「へっ?」

山家「いや、形状記憶合金を冷やすために、扇風機で風を当てるんだよ、それで仁田先生が『コンプレッサーで冷却』って、学会でしゃべってたけど・・・」


天江「なんすか?・・・そらあ?・・・<爆>・・・そんなんで、ちゃんと動くんですか?」

山家「いやあ、10秒に一回くらいしか動かなくてね・・・、でも、工学部の先生方は偉いね。ペルチェ素子で一気に冷やすって方法を考えたんだ」


天江「なんすか? その・・ペル何とかって?」

山家「ペルチェ素子! 電気を流すと片面が一気に冷えて、片面が暑くなる素子で、冷蔵庫なんかに使うらしい。俺も形状記憶合金もペルチェ素子も 存在は知ってたけど、組み合わせるって思いつかなかったなあ・・・流石に工学部の先生はプラクティカルなこと考えるの、うまいわ・・・・これで、形状記憶 合金が心臓と同じ様に動くようになったんだ!」


天江「それで、心臓って1日に何回くらい動くんでしたっけ?」

山家「1秒に一回として、60×60×24で、8万ちょっと、大体、一日に十万回動くって言われて居るんだ・・・」


天江「形状記憶ったって・・・要するに鉄の固まりでしょ?・・・そんなに動かして壊れないんですか?」

山家「人工心臓の耐久性ってのは、大変な問題なんだよ?、」


天江「ねえ、先輩!先輩!・・・今、想いついたんすけど・・・うんこは一日一回ですよ!」

山家「へっ??・・・なんじゃそりゃ?・・・」


天江「いや、ほら・・・先天性の鎖肛やヒルシュスプリング病の赤ちゃんは、肛門の括約筋がちゃんと働かないから、垂れ流しになっちゃうこともあるんですよ。一日一回動けば、肛門の括約筋には十分じゃないですか!・・・」

山家「そっか・・・天江は小児外科が専門だったな?・・・そう言えば、大腸癌の患者の人工肛門にも使えるかもな?」


天江「ねっ!・・・人工心臓より簡単じゃないですか!」

山家「ううん・・・それ、もしかして凄いアイデアかも知れん?・・・お前、今度、流体研の会議で話をしろよ!」


天江「へっ? 俺が話すんすか?」

山家「言い出しっぺだろ・・・・自分で責任持って話せ!」


天江「工学部の教授の先生って・・・怖いんじゃないですか?」

山家「いや、流体研は応用の先生が多いので、気さくな先生が多いよ。何でも、戦艦大和のスクリューを設計した伝統ある研究所だそうだ。」


天江「ますます怖そうじゃないですか?・・何か質問されたらどうしよ?」

山家「そう言えば、俺も国際高等研究所で人工心臓の講演頼まれた時に、最初の質問で『血液って非ニュートン力体でしたっけか?・・』とか?聴かれて、目が点になったことがあったなあ?・・・」


天江「げっ?!・・・、先輩、何か質問されたら助けて下さいよ!」

山家「大丈夫だ! その時は・・・」


天江「その時は?」

山家「玉砕して来い! 骨くらい拾ってやる。」


天江「先ぱーい・・・」


幕間
流体研のペルチェ運動素子の開発会議。天江医師の人工括約筋のアイデアのプレゼンテーションは好評を持って迎えられました。


第2幕
流体研二号館会議室、和やかな雰囲気の中。


圓山教授(流体研)「良いアイデアですね? どうですか? 高木先生、形状記憶合金のストックがあったんじゃなかったでしたっけか?、」

高木教授(流体研)「そうですね・・・羅君! ちょっと試作してみて!」


羅助手(流体研)「ええっ?・・・僕が作るんですか?・・・えっと、まず、何センチくらいの大きさが居るんでしょう?」

天江「えっと、人間だと二センチくらいですけど、大腸用だともっと大きいし・・・」

山家「山羊でサンプルの実験をしてみたいので、いろんなサイズのを試作してみていただけませんか?」


羅「わかりました・・・どのくらいの圧力で閉じればいいんでしょうか?」

山家「・・・・・」

天江「そう言えば、小児外科で肛門内圧の実験をしたときは、50mmHg(ミリマーキュリー)くらいでしたね?」


羅「ミリマーキュリーって何の単位ですか?」

山家「水銀柱です。」

羅「水銀柱って・・・水銀の圧力ですか?」

山家「ほら、血圧なんかの単位でよく言うじゃないですか?」


羅「もっと、まともな単位のデータはないんですか?」

高木「羅君、あとで、科学表で、換算してみてよ。」


羅「分かりました・・・腸の外側の圧力はどうなってるんでしょう?」

天江「・・・・」

羅「中と外の圧力差とかは?」

山家「・・・・」


羅「あれ?・・・何かデータないですか?」

山家「羅先生・・・世界初の実験になるので、データは全て、これから取らなきゃならないんですよ。人工心臓の開発でもそうなんですが、データは開発しながら記録して、それをフィードバックしては改良。と言うことになります」


羅「じゃあ?、何もなしで作らなきゃならないんですか?」

山家「ええ、すみませんが、来月、動物実験の予定を組みましたので、来月までにいろんなサイズの作ってみて頂けませんか?」


羅「何のデータもなしで、来月まで作るんですか?」

高木「羅君。頑張ってみて!・・・」

 

幕間
流体研、羅助手の孤軍奮闘が始まりました・・・形状記憶合金の板は流体研のストックから流用。蝶番が見つからないので、自分の衣装棚の衣紋か けの蝶番を流用し、学生実験用のホルマル線を組み合わせ、温度上昇のモニタリングを工夫し、悪戦苦闘の挙げ句、何とか各種サイズの肛門括約筋の試作品を完 成! 


 羅先生の苦闘は、後に、数々の特許申請や、億近い研究予算の獲得、国際的な学会賞の受賞となって報われることになります。


第3幕 加齢研動物実験室


天江「へえ、これが羊ですか、でかいですねえ・・・」

山家「うん、ちゃんと静脈確保して挿管して麻酔導入して維持しといてやるから、お前お腹専門だろ・・・」


天江「羊の腸管って・・・どうなってるんでしょう?」

山家「知らん! 俺は心臓専門だ!」


天江「え、先輩も羊のお腹あけたことないんですかあ・・・? じゃ、何か羊の解剖の本在りませんか?」

山家「解剖の石井教授にも調べてもらったことがあるんだけど・・・犬や馬の解剖の本は在るんだけど、山羊や羊はないらしいんだなあ・・・これが・・・あ、でも、胃袋は5つあるらしいぞ?」


天江「ええっ・・・勘弁して下さいよ!・・・それでどうやって実験するんですか?」

山家「お前、お腹専門だろうが・・・何とかしろ!」


天江「そんなあ・・・」



幕間 
・ ・・と嘆く割には、実験は極めてスムーズに進み、小腸を確保して、開発した括約筋で挟み込む。


第4幕 加齢研動物実験室


羅「あ、そんなに乱暴に持たないで下さい! 熱伝対が切れる!」

天江「へっ? ちょっと握っただけですよ? 体に埋めるんだから、も少し丈夫に作って下さい!」


羅「いえ、精密機械ですから、お医者さんなら丁寧に扱うだろうと思って・・」

天江「内臓はもっと丈夫ですよ・・・あ、このネジ小さくて入らない?」

羅「あ、それ落としたら、括約筋壊れます・・・」

山家「体に埋め込むのに、ネジ回し方式はまずいかもなあ・・・」


羅「あ、引っぱらないで・・・それが切れたら、温度がモニターできません・・・」

山家「体の中って、溶鉱炉に負けない極限環境とも言われて居るんです。何とか丈夫に作って下さい。」


天江「も少し扱いやすいのをお願いしますう・・・」

羅「もっと、丁寧にお願いしますう・・・」


幕間
ドタバタ劇ながら、実験自体は見事に成功。

実験ビデオを見た高木教授の感想。


高木「いやあ、手術って、お医者さんはみんな押し黙って黙々と厳粛にやってるのかと思ったら、結構明るいんですね?」

山家「リラックスした雰囲気の方が、結局、成績もいいようですよ?」


天江「いやあ、大学の手術なんか、下ネタ大爆発で、みんな笑いながら手術しています。」

山家「PTCAみたいなカテーテルの手術の時は、患者さんも起きていますが、『山家先生が笑っている間は大丈夫だと思ってました』って、言われますよ。笑ってた方が安心感を持ってくれるみたいです。」


高木「はあ、そんなもんですかねえ?・・・」


不満そうな真面目一徹の高木教授・・・境界領域の共同研究は、お互いの常識の違いに目を見張ることもあります。


第5幕 加齢研の廊下


宮田(河北新報)「あ、山家先生こんにちわあ・・・」

山家「あ、宮田さん、こんちわあ・・偶然っすね?・・・今日はまた、どうしたんですか?」


宮田「いえ、今日は偶々外科の近藤先生のところに肺移植の取材に来た帰りだったんですが・・・」

山家「ああ、近藤先生は水泳部の先輩なんです。宜しくお願いします。」


宮田「へえ?、先生も水泳部だったんですか?」

山家「ええ、近藤先生は10年も先輩なんで頭が上がらないんですよ・・・水泳部って言えば、後輩が、宮田さんの記事を読んで、変なことを考えましてね。」


宮田「ああ、人工心筋の記事ですね? 取材の時は有り難う御座いました。反響は如何でしたか?」

山家「いえ、水泳部の後輩があれを読んで、人工肛門括約筋を作ったらって・・・」


宮田「はあっ?・・人工肛門?・・括約筋?・・・って、何ですか?」

山家「ほら、大腸癌の手術なんかの時に、こう、お腹にストーマ作るでしょう、あれ、開きっぱなしなので、それを閉じる人工臓器」


宮田「へぇえっ・・・そう言う機械はこれまで無かったんですか?」

山家「うん、宮田さんの記事のおかげで面白いのが出来そうです。今、特許も準備していて・・・」


宮田「それ、どっかで? もう記事になりました?」

山家「いやあ、記事どころか、動物実験がやっとうまく行ったところで、学会もまだで・・今度のアメリカ人工臓器へ演題を出したばっかりです。」


宮田「先生、私今日は用事あるんですが・・明日か明後日時間在りますか?」

山家「え?・・・明後日の外来の後なら少しくらいなら時間在るけど・・・」


宮田「じゃあ、明後日の午後1番にお邪魔しますから、詳しく教えて下さい!宜しくお願いしまっす!」

山家「は?・・・?・・・」



幕間
翌週の河北新聞に「東北大で人工括約筋を開発」と言う記事が掲載されました。


第6幕 仙台で行われたとある学会の懇親会の席


松木教授(大学院工学研究科)「ああ、山家先生、新聞読みましたよ、御活躍のようで・・・」

山家「松木先生! ちょうど良かった、お電話させていただこうと思っていたんです。新しい人工括約筋のエネルギー伝送を考えてたんですよ・・・」

松木「は?・・括約筋?・・・って何ですか?」

山家「ほら、人工肛門の患者さんとか、先天的に肛門が閉じている鎖肛の赤ちゃんなんかは、排便がコントロールできないんです。それを開け閉めする機械なんですよ。」


松木「ああ、新聞の話ですね?・・それなら、人工心臓よりは楽に行けますかね?」

山家「なんせ、うんちするのは、せいぜい一日に一回か二回じゃないですか・・」


松木「その時だけ、動けばいいんですね?」

山家「ええ、その時だけ、松木先生のシステムで、埋め込んだ括約筋にエネルギーを送ればいいわけですから・・・楽でしょう?」


松木「そうですねえ・・・おおい、佐藤君!」

佐藤助手(大学院工学研究科)「はい。」


松木「ちょっと、山家先生の括約筋のお手伝いして上げて。」

佐藤「え、僕、補助心臓と人工心筋とFESと・・・東大の人工心臓のエネルギー伝送まで頼まれてて・・・手一杯なんですが・・・」


山家「まあ、うちのは、簡単?だと思いますから、お願いしますよ・・・」

佐藤「そんなあ・・・」


 松木研究室の協力も得て、経皮エネルギー伝送システムも備えた完全埋め込み型の人工臓器として開発された人工括約筋は、現在、本邦の特許、US Patent、中国等での特許などを申請しながら慢性動物実験まで研究開発は進んでいます。

 結局、ここまで来るのに、予算的裏付けは殆どなしで、他の研究で余った材料などを寄せ集めて、まずは実物を作り上げ、動物実験まで持っていこうという研究者の熱意のみでやってきました。

 それらの実験の結果を裏付けに種々の申請を行い、現在はNEDOや科研費等のグラントもついて、漸く「手弁当」状態を脱出できたところです。


 東北大学の伝統とは何でしょう?

 それは「実学」である。と、承ってきました。


 グローバルスタンダードを前提に、「ネイチャー」、「サイエンス」等というパターンも重要ですが、まずは実物を作り上げ、患者さんに使えるものを考えて行く、と言うやり方も在ってよろしいのではないかとも思えます。

 今回の開発研究は、部局間の相互乗り入れや共同研究の垣根の低い総合大学でなくては不可能なものであったかも知れないと認識しています。またマスコミさんの取材も決定的なところで有利に働いてくれました。

 必要以上にコミカライズして書きましたが、研究開発の楽しさの雰囲気が、読んでくれた学生さんに伝わってくれれば良いなと思います。

 水泳部のコンパで、たまたま僕が天江の隣に座らなければ、この世にまだ「人工括約筋」という言葉は存在しなかった筈でした。

 現在、水泳部の学生諸君には、獲得した研究費によって人工括約筋の実験動物の管理をアルバイトでお願いしています。

 少しは部費も潤っていることでしょう・・・

東北大学広報より