1985年5月22日水曜日

外来3


甲状腺機能亢進症

 甲状腺の疾患では、心房細動や発作性の上室頻拍などの頻脈発作をきたすだけでなく、高次脳神経機能に関する性格のほうのシフトが起こることも多いようです。
 患者さんが、じっと座っていられなかったのは、躁鬱や、認知症などではなく、甲状腺ホルモンの過剰の影響だったようで、内分泌科のある市立病院を紹介。なんとか、手術もなしで安定し、無事に外来通院に戻りました
 治ってみれば、不整脈の発作も完全になくなり、穏やかな患者さんの性格なので、娘さんの看護師さんもほっとしているようです。ただ、実は治ってみ ればおおらかな患者さんなので、すっかり肥ってしまったようです。甲状腺機能は外来ではすっかり正常を維持しており、心機能/腎機能とも正常、むくみでは なさそうです。心電図も、現在はすっかり洞調律に復帰しました。甲状腺の薬も減らせそうです。不整脈の薬も減らせ、抗凝固も減らせるかもしれません。
 外来診療では、手術のように、「やったあ!うまくいったぜ!」と言うような、大きな達成感がえられることは、そうそうは、ありませんが、たまに は、こういう感じで、「よっしゃあ!」と言う感じの満足感が、スパイク状に、秘かに盛り上がる瞬間もあります。医者の勝手な自己満足と言われればその通り ですが・・・
 うまくいけば、患者さんも満足、ご家族も満足、薬も減らせるので、医療費も減らせることもあります。そして、内緒ですけど、医者や看護師さんなど医療側も、実は、その瞬間だけは、秘かにスパイク状に心の中では喜びが盛り上がっていますが、まあ、黙ってニコニコ笑っていることにしています。

 何でもいいから笑いなさい!


山家智之

1985年5月21日火曜日

外来2


さもない外来担当医の、かすかな喜び

 大学にいると、頼まれ外来の依頼が結構あるものです。どの病院も常勤医の不足感は否めません。土日は一応、外来はお休みの国公立系の 大学病院に対し、土曜日は外来を開いてる私立病院などでは、医師の派遣を大学に土曜日にお願いすることは、比較的よくあることです。まあこれは日本のどこ の地方でもだいたい同じだと思います。うちでも昔は、土曜は外勤とほとんど決まっていました。そんな、ちょっと昔の話ですが。
「あ、先生、次の患者さん、外来のXXさんのお母さんです」
「え?・・・^^;)・・・そ、そう・・・」
 患者さんは全部平等に診なければならないわけですが、さすがに、いつも外来で一緒に診察しながら世話になっている看護師さんのお母さんとなれば、 ちょっとは気を使う・・・と言う側面は否めません。なにしろ、医者を見る目に関しては、世界で一番厳しい目で見る職種の一つが看護師さんであると言えるこ とには、ほとんど反対の意見はないのではないでしょうか? でも、看護師さんが、わざわざお母さんと連れてきてくれるのは、それだけ頼りにされているのか な?と、ちょっとだけ嬉しかったりもしますが、その分もちろんやや慎重にもなります?
 粗相のないように・・・と、ちょっと緊張していると、
 とっとっと・・・と、速足で駆け込むように診察室に入り込んでくる小柄なおばあさん。
 えっ?・・・と、思っていると、後ろから追いかけるように、いつも外来で一緒に診察している看護師さんが私服で入ってきます。
 まあ、車いすの患者さん、杖の患者さん、いろいろいらっしゃりますが、駆け込んでくるような患者さんは、小児科でもないのにちょっと珍しいかも?
 いつもの外来看護師さん。今日は非番かな?
 「先生、うちの母なんですが、前からここの病院で、不整脈で診てもらってたんですが・・・」
 「はい・・・」
 「この間からず~っと心房細動みたいで・・・」
 パラパラとカルテをめくると、確かに何回か発作性の心房細動になっているが、少し前から、慢性の心房細動で固定してしまったらしく、リスモダンに、バイアス、ペルジピンと、一応、当時の標準の抗凝固も行っているみたい。(いまならもちろんワーファリンですね)
「いつくらいから、ドキドキしましたかなあ・・・」
 ゆっくりゆっくり、聞いてみる。
 ところが、 「うん、うん」 と、目をそちこちにキョトキョトさせ、そもそも、こっちを見てくれず、なんか、僕の話を聞いてくれてないみたいな・・・と、いうか、ギシギシ身体を揺らして、なんともかんとも落ち着かない風情。ううん、ディメンツかしら?・・・看護師さんのお母さん・・・困ったなあ
 「ほら、おかあさん」 看護師さんも困った風。
今日の担当の看護師さんも不安そうに僕を見る。いつもの外来看護師さんも、お母さんを心配そう・・・ううん、こういう時は、
 「う~ん、まず、診察してみましょうか?」 と、話しかける間にも、もう患者さんは席を立とうとする様子で、落ち着かない。 ううん、ここまでじっとできないのは、さすがにプシコかなあ・・・躁鬱病の可能性は確かに高そう・・・精神科は専門じゃないんだけど・・・と、ここまで考えて。
     あ!・・・と、気がつきました。

・・・・・わかった方もいましたよね、答えはこちら

1985年5月20日月曜日

外来


もっと外来上手くなりたいな。

「もっと手術が上手くなりたい!」 「カテーテル検査が上手くなりたい!」 「内視鏡の達人と呼ばれたい!」と言うような欲求と、良きモチベーションを持つノイヘレン(新入医局員)は、東北大では、割と昔から多かったような気がし ます。勉強して医師国家試験を通り、意欲満々で研修病院へ出た初期研修医には、正しい方向性のモチベーションを持って頑張ってもらいたいと思います。た だ、不思議なことに、「外来の達人になりたい!」と言う、大望は、残念ながら、医学部の学生さんからは、あまり聞いたことがないような気がします。
 外来の診療部門は、どの病院でもどの科でも、入り口となりえる大事な大事な存在です。病気のある患者さんが外来から入院、治療、ある場合は手術を 受け、治療が終わればまた外来へ戻るか、ご紹介いただいた開業医の先生などへ戻ります。ですから、外来の部門は、ある意味では、医療の、アルファでありオ メガです。
 さて、そもそも困ったことがないと、患者さんは病院みたいな汚い所へは行きたくない。というのは、ある面では正しいかもしれません。汚い所を言う のは、外見だけでなく、新規の感染症などが発生しているときには、えてして病院が感染源になる事態も考えられるわけです。基本的に病院は普通の建物よりは 滅菌消毒には気を使っているわけですが、感染症を持った患者さんも外来を通られるわけですから、ベーシックには感染症の発生の危険は常にゼロにはなりえま せん。それだけのリスクを持っても(意識するにせよ、知らないにせよ?)困ったことを解決してほしい患者さんだけが、病院の門をくぐるわけです。
 再来の患者さんの場合は、ある程度は、診断名が決まっているので、およそ薬の処方だけで済む場合もありますが、診察を希望される場合には、何らか の困った事態が発生している場合があり、見逃さないようにしなくてはならないこともあります。ルーチンに陥ることなく、患者さんにとって最適なパフォーマ ンスを常に維持したいと思います。
 初診の場合、患者さんが、診察室に入ってくるときから勝負は始まります。(勝ち負けの問題ではないですが・・・)車椅子の方も、杖をついてくる方も、パーキンソンっぽい歩き方の患者さんもいます。扉を開けて、最初の1,2歩で、診断をつけることができる場合もあり得るわけです。医学的に確実で見逃しのないシークエンスで、問題解決へ直結させたいと思います。
 医学的に完璧を求めるだけでなく、患者さんの肉体的・精神的、そして社会的・経済的・環境的な状況を鑑みて、WHOの言う、健康の定義に則るシ チュエーションを具現化させてさしあげなくてはなりません。検査や必要な患者様だからと言って、経済状態が許さない場合も、特に地方病院などではよくあり ます。また、同時に、病院側・病院の医療従事者にとっても優れたパフォーマンスを維持しなくてはなりません。医学的に正しいからと、持ち出しにばかりな り、経営として成り立たないと、サステイナビリティに欠けるので、最終的には医療組織が消滅して、患者さんだけでなく地域全体が不幸になる場合もままあり ます。
 岩手県では多くの県立病院が閉鎖になりました。政治の貧困が地方の生活を直撃しているわけで、為政者は厳しく問われなくてはなりませんし、地域に 県立病院を維持する財政を持たせない税制の大問題もあります。東北地方のような田舎では、病院の閉鎖は、地域社会の消滅を意味することすらあります。他に 大きな産業がないのですから。そして、サステイナビリティに欠ける医療制度が放置された結果として、無医村に近い状態になる地方も、これからはどんどん増えるでしょう。そう、田舎にいると、病気をしたら死ぬしかない。という時代がくるかもしれません。
 正直、どの病院の外来で診療を担当していても、欲しいのは診療の時間です。患者さんから、丁寧にお話を聞けば、最低限、ある程度時間が必要です。 特に東北地方の方は(他の地方の病院で外来をしたことがないので、他の地域柄は良く知りませんが・・・)患者さんが遠慮深いのか、・・・「お変わりないで すか?」と、話を聴くと「う~ん、変わりはないんだけっとも・・・」と、(じゃあ、変わりあるじゃないですか?・・・^^)、・・・「何でも良いですよ お・・・」と。促すと、ようやく「そう言えば、ちょっとドキドキすっけっとも・・・、前からだから~・・・たいしたことないです」などなど。  まず、患者さんの話を快く聞き出す方向へ持って行くのに、こちらが心を開いて、いつもニコニコ、決して急がせず、ゆっくりお話を聞いていかなければなり ません。達人への道はなかなか険しいと感じる時もあります。困ったことに、今の日本の医療の現状では、一人当たりを丁寧にみれば、当然、単位時間当たりで 診られる人数が減るので、病院全体の経営に直結してしまいます。今のシステムでは、外来で1人診ようと100人診ようと、医者の給料はおんなじですから、 当然、病院経営の面だけなら、同じ給料でたくさん患者さんを診させた方がベターということになります。あまり時間をかけていると、だんだん、周りの看護師 さんや、待合室の次の患者さんの眼が険しくなるのを感じる時もあります。仕事は進めなければならず、でも、パフォーマンスは下げられません
 もっともっと外来の達人になってみたい。患者さんにとって最適なパフォーマンス、病院にとってサステイナブルな、病院職員にとっても最適な外来診 療の具現化を!と、私も思いますが、こういう志を医学部の学生さんたちにも持っていただくためにも、一人一人を丁寧に診ても病院の存続が可能になるような 医療費の体系が必要だと感じます。

さあ!勝負!