2013年9月4日水曜日

TPP ( Trans Pacific Partnership)と人工臓器


  日本人工臓器学会新未来技術開発委員会 山家智之
   山根隆志、阿部裕輔、岡本英治、福永一義、中村真人、石原謙(日医総研)


 まず、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイが、2006年に経済連携協定を発効し、これを発展させて、2010 年 3 月に、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナムを加えた 8 か国で、TPP 交渉が始まったとされ、このような歴史から、TPPに関しては、もっぱら農業分野への懸念事項は報道されてきた歴史は、日医総研のレポートに詳しい。
 これに対して、TPP と医療の関係については、マスコミや論壇などで、まったく触れられていなかったに等しい。国民皆保険を揺るがす懸念が指摘されても、それは「疑念」「誤解」とされてきたと言える。得てして、医師会が、マスコミにおいて利益団体としての扱いを受けるかぎり、世論を構成し得ない弱みは否定できない

 日本医師会では、2013年3月の交渉開始に際してステートメントを発表している。

http://dl.med.or.jp/dl-med/nichikara/tpp/tpp20130315.pdf

そこでは、
 「世界に誇る国民皆保険を守るために、第1に公的な医療給付範囲を将来にわたって維持すること、第2に混合診療を全面解禁しないこと、第3に営利企業(株式会社)を医療機関経営に参入させないこと、の3つが絶対に守られるよう、厳しく求めていきます」と、声明されている。

 しかしながら、現段階では、交渉の内容は一切秘密にされているので、医師会の声明がが満たされるか否かも明らかではないと言える。日医総研からの意見では、アメリカからの要請と言って、日本の利益団体の要請がアメリカ経由で帰ってくる交渉が散見され、TPP交渉、日米交渉と言いながら、実は、日日交渉である側面が大きくなることも不安視されている。
 本来は、まずは、国民にとって、メーカーにとって、社会にとって、含有して日本全体の利益がいかにあるべきか、大枠の議論が必要になりはずである。

 ちなみに条約、とは、文書による国家間の合意であり、国内法的効力を持つと解釈され、現状では条約が法律に優先すると解釈されている。
 また、例えTPPが締結されなくても、米国は、日本に、非関税障壁の撤廃を要求してきており、米国通商代表部では、毎年「外国貿易障壁報告書」を提出している。たとえば、2011年度版では、医療機器に関しては外国平均価格調整ルールの廃止または改正、医薬品に関しては新薬創出加算の恒久化と加算率の上限撤廃、市場拡大再算定ルールの廃止または改正を列挙しており、交渉のテーブルに載るのは避けられないと思われる。
 国民皆保険や、薬価についても議論が多いが、人工臓器学会としては、人工臓器に限って最適化の議論を深めて行くべきであるとも考えられる。

1.人工弁、ペースメーカとTPP
 残念ながら、国産の人工弁とペースメーカは存在しない。すべて輸入なので、日本人の健康寿命は、欧米の医療メーカと輸入業者次第である。と、言う側面があり、東日本大震災の様な極端な局面では生命予後に直結する。よく知られているように、人工弁、ペースメーカとも極端な内外価格差がある。欧米には過当競争も価格競争も大量生産の効果もあり価格が低めの設定になっているので、TPPで問題になるとすれば、日本の高価格が患者や保健医療の問題になり、ある種の非関税障壁を形成しているので、切り下げを求められることはあり得る。
 人工弁、ペースメーカの保険価格切り下げは、中間マージンの医療機器輸入会社の経営は圧迫することはあり得るが、制限のある保険医療の伸びを考えれば福音にもなり得る。

2.透析とTPP
 日本では皆保険であるので、透析は必然的に高額医療の対象になり、月10万以上患者負担はかかりようがない体制になっている。これに対して米国では、私的保険の範囲。また、メディケア、メディケイドの対象外の患者は、透析を受ければ、自動的に破産するほどの医療費になる。TPPで要求されるとしたら、保険診療の範疇から高額な透析費用を外し、私的保険の範囲にすることで、アメリカの(日本の)私的医療保険会社にお金を払わないと、透析が受けられないという形はあり得るが、交渉が秘密裏に進んでいるので不明。ただし、日本の医療保険の制度設計は明らかに破たんしているといえないわけではないので、保険制度全体の経済を守るために、「胃瘻」などと並んで、「透析」が目の敵になる可能性は決してそう低くはない。

3.補助人工心臓とTPP
 日本は世界で唯一、国民皆保険の下で、心臓移植と、埋め込み型補助人工心臓の保険収載が認められている。と、報告がある。
 日本では、国産のシステムとしては、エバハートとデュラハートが、保険収載されたが、現況ではともに、順調に収益が上がっているとは言えないとも報告があり、日本の純国産の人工心臓は苦戦しているのに対し、米国ではスケールメリットを生かして8~10万ドルで植え込み型人工心臓が販売されている。また、埋め込み後の管理料に、日本は月40万ほどの保険収益があるが、アメリカは州によって、メディケア、メディケイドの対応が異なり、まったくフォローがない州もある。米国では、補助人工心臓の本体価格も、病院と会社の交渉で決まり、大量に導入して、さらに大安売りもあり得る体制。
 現状では、日本の人工心臓の方が保険請求総額としては大きくなっている。が、アメリカでは術後フォローが保険の収載範囲かどうか統一されていないので、術後のフォローは電話一本かかってくるだけで、人工心臓が止まったらそこまで。という病院も多い。
 したがって、現状では、患者の命を守るためには、日本の方がベター
 安く済ませるにはアメリカの方がベターになる可能性がある。
 現在、日本では、国産の人工心臓が苦戦している側面があるので、TPPとして交渉されるとすれば、アメリカから安価な人工心臓がダンピングで来て、日本の人工心臓の会社を焼け野原にしてから、ゆっくり値上げという戦略は、当然、あり得る。
 その場合、日本の国産人工心臓は、ゼロになる。国民の安全保障状は問題が大きいとは言える。
 また、逆に、日本の医療費全体を抑制するために、透析と人工心臓をはずすという選択もあり得ないわけではないし、アメリカと日本の私的な医療保険だけに認められるという交渉も、起こり得る選択肢になる。

3。混合診療と人工臓器
 新しい医療機器開発には、混合医療が望ましいという説はある。
 日本医師会では(批判もあるが)混合医療が全面解禁されれば、新しい医療を保険診療する必要がなくなり、保険医療の範囲が次第に縮小し、患者扶南が増えていき、欧米の医療保険に吸収されていくスキームになるので、全面解禁には反対している。

 いまだ、明らかではない側面の方が多いが、TPPは人工臓器や医療だけでなく、全面的な日本の制度設計にかかわるので引き続き情報収集が必要と思われると同時に、人工臓器の理想の医療はいかにあるべきか?に、ついても、サステイナブルな側面からも議論を深める必要がある。
 日本人工臓器学会は、世界最大の人工臓器の学術団体であり、私たちが世界の方針を考えて行く必要があるのかもしれない。



参考;
1。日本医師会

http://dl.med.or.jp/dl-med/nichikara/tpp/tpp20130315.pdf

2。日医総研ワーキングペーパー)
http://www.jmari.med.or.jp/research/dl.php?no=511

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