2006年4月9日日曜日


人工括約筋の開発

新エネルギー産業技術総合開発機構医工学連携プロジェクト
  • 加齢医学研究所病態計測制御
  • 流体科学研究所知的流動評価
  • 大学院医学系研究科小児外科学

直腸癌等の手術の後、人工肛門の適応になる患者は、現在日本だけでも二十万を超えると推定されています。現在の人工肛門は排便のコントロールが不可能で、腹壁のストーマにパウチを貼り付けて使用するが、QOLを著しく阻害する側面は否定しきれません。
そこで東北大学では、形状記憶合金を応用して、排便をコントロールする「人工括約筋」を発明しました。
形状記憶合金はわずかの温度上昇がダイレクトに運動エネルギーに変換されるので、最も高効率の人工臓器用アクチュエータの一つです。この形状記憶合金に内側にシリコンラバーを装着して圧迫壊死を予防し、全体を生体親和性材料でコーティングします。
駆動エネルギーはアモルファスファイバーによるマグネティックシールディングで効率化を図った経皮エネルギー伝送ユニットにて投入します。完全オフラインで感染予防が可能です。
  1. 人工括約筋の概要
  2. 新聞記事 ・・・日経産業新聞、日本経済新聞、日本経済新聞、日本工業新聞、河北新聞、ベンチャーコンソーシアム、
  3. 経皮エネルギー伝送システム
  4. 発明のきっかけ

Future Perspective

現在、試作品についてはほぼ完成の領域にあり、慢性動物実験によって耐久性試験の段階にある。今後、動物実験を積み重ねて次の計画では「臨床前試験」に進み、臨床治療試験の最終準備段階に入る予定です。
2月22日、テレビ朝日「がん戦争」にて、「人工括約筋プロジェクト」が紹介される予定になっています。
更新日時:2006/04/09 20:38:17
キーワード:
参照:[ナノテク応用型人工臓器の開発と臨床応用に関する研究

脳血流の制御可能な新しい補助人工心臓

厚生労働省循環器病研究委託事業「人工循環による循環器病制圧のための系統的戦略の確立に関する研究」

重症心不全に於ける最終的な救命手段として、また心臓移植までのブリッジユースとして現在までに種々の補助人工心臓システムの開発と臨床応用が試みられてきている。しかしながらその長期成績は未だ満足出来るものではない。
臨床成績の向上を妨げる大きな原因の一つとして多臓器不全の問題がある。
そこで我々は、埋込型補助人工心臓による補助循環時の臓器血流の問題に着目し研究を進めている。
生体の心拍出量は無理にこれを増大させようとしても限界があり、また心拍出量が少なければ、各臓器や抵抗血管側の反応によって生命を維持しようとする作用がある事が知られている。
従って心拍出量の増減だけで臓器血流をコントロールすることには限界がある。 
そこで、我々は血流の周波数成分に着目した。
周波数成分の影響を調べるために用いた人工心臓は自然心臓に比較して比較的高周波で駆動することによってポンピングチャンバーを縮小し、小型軽量化を目指した振動流型補助人工心臓である。
東北大学では臨床応用において重要な問題となる多臓器不全の問題に着目し、多臓器不全を防止する人工循環について検討を行うために、補助循環時の臓器血流について検討を行った。
成山羊を用いた動物実験を行い、左心バイパス方式で振動流型補助人工心臓を装着し、臓器血流に与える影響について検討を加えるために、近赤外線光を用いた組織酸素飽和度の計測を試みた。
BrainNI.jpg 臨床でもっとも汎用される40~50%左心バイパス時における血流分配について検討を加えるために脳内酸素飽和度から脳血流を検討したところ、30Hz前後の駆動周波数における左心補助時に脳血流の有意の増加が観察された。
従って同一血流量においてもその駆動周波数によって臓器毎の血流分配に有意の影響を与えていることが判明した。
この現象を応用すれば、同一の補助流量を維持しつつも、各臓器の機能に応じて周波数をコントロールすることによって多臓器の制御を具現化するものと考えられた。
このような性質の応用によって埋込型補助人工心臓による多臓器機能制御が具現化する可能性があるものと期待される。
すなわち、ひいては人工臓器による重症臓器不全に対する画期的な治療システムとなるものと期待される。

三次元映像刺激に対する生体反応評価


三次元画像刺激に対する生体影響評価プロジェクト

機械システム産業協会・電子情報技術産業協会プロジェクト
映像デジタルコンテンツ評価システム開発に関するフィージビリティスタディ

東北大学では、ソニーなどの委託を受けて、新しい視聴覚刺激機器の開発の課程において、その自律神経機能へ与える影響を研究してきました。グラストロンの開発過程では様々な知見をソニーに提供してきました。その結果はバーチャルリアリティ学会雑誌などへ報告してきています。
そして、1997年、「ポケモンショック事件」が発生しました。
全国で1000万人を越えると見積もられる番組視聴者のうち、発作を起こして病院にかつぎ込まれた子供達だけでも700人を越え、日本放送史上に残る最大の大事件になりました。
事態を重視した政府は、郵政、厚生、通産などの各省庁に、事故を予防するためのプロジェクトチームを結成し、事件の収集に当たりました。
この事件をきっかけに加齢医学研究所でこれまでに行われてきた地道な研究の蓄積が認められ、総額一億を越える予算で附属病院に「映像メディア生体影響多次元総合評価システム」が設置されることになりました。
これは病態計測制御分野で研究され、発明されるに至った全く新しいシステムです。

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更新日時:2006/04/09 22:33:53
キーワード:
参照:[バーチャルリアリティの医学応用と生体影響に関する研究

2006荻野賞


心臓血管インターベンション手術シミュレーションと感覚のデータベース化

日本ME学会荻野賞受賞!
文部省科学研究費研究事業

外科の世界に徒弟制度が残るのは、指先の感触と技術が経験を要するからだと言われています。
この問題は打破できないものでしょうか?
我々は心血管インターベンション手術のシミュレーションシステムの開発に成功し、医師の経験と感覚のデータベース化に挑戦しています。
併設してエキスパートシステムも導入したバーチャルPTCAの世界も楽しんでみて下さい。
この研究は、日本ME学会から、伝統ある「荻野賞」に選ばれ顕彰されました。

更新日時:2006/04/09 22:16:17

加齢現象は制御可能か?

老化とは何か、加齢とは何か? 
この問題に答えられれば、次世代において最も重要となる可能性が強い加齢の制御へ向けて最初の一歩を踏み出したことになると思われる。しかしなが ら、この問題は永遠の生命を求めた秦の始皇帝以来の、あるいはある意味で極言すれば人類発祥以来の問題であり、もちろん簡単には答は出ない。近年のアポ トーシスのような現象の研究や、遺伝子工学の発達、さらには臨床医学的な研究の蓄積など、有望な知見が得られつつあるが、これらの現象を積算したところ で、最終的な「加齢」という像が結実するわけではないことは自明と思われる。
機械工学に於けるワイプル関数のパターンが、機械の故障と人間の生存曲線とをともにシミュレートできうると言う立場から、いわゆる「人間機械論」 は、また脚光を浴びられているが、ここで言う機械とは勿論、鉄腕アトムのようにハードな機械で人間を作ろうという立場ではなく、柔らかい分子機械、分子シ ステムを想定しているわけではあるが、それでも機械には代わりはない。その分子機械としての生体の故障が初期故障と摩耗故障の二つのピークに分けられるこ とは、生存曲線との類似から明らかと考えられる。
では、分子機械である生体はいかなるパターンにて故障を来すのか?
これもまた、人間機械論としての加齢現象の制御に大きく役立つアプローチにはならないであろうか?
さて、加齢現象のような生体の全体において進行する変化は、これまでの科学研究において主流であった要素分解論的な微視的還元論では解明できない可 能性が考えられ、システム全体に視点を置いた全体論的な解析の方法論の適用が不可欠となってくるものと思われる。本研究では、非線形力学の方法論を駆使し て加齢現象をシステム全体の動特性に注目して追求することを目的としている。ここで重要になるのはもちろん加齢現象を解析するための実験対象である。これ までにも様々なモデルを用いて老化や加齢の実験的研究が進められてきた。そこで本研究では、これまでに老化や加齢の実験には応用されたことのないユニーク な実験対象の応用を試みた。
すなわち人工心臓装着慢性実験動物である。
完全置換型人工心臓を装着された動物においては、中心静脈圧の異常な上昇や血圧の異常な上昇、甲状腺ホルモンや心房性利尿ホルモン等の液性因子の異 常等の種々の病態が観察されることが世界中の人工心臓実験施設から報告されている(1-7)。例えば中心静脈圧の上昇に対処するべく人工心臓からの拍出量 を上昇させれば、高血圧を余計に悪化させることになり、対応に苦慮することになる。東京大学等ではこの現象を老化の加速として位置づけ、「人工心臓症候 群」と言う病態概念を提唱している(1-3)。そこで、本研究では、循環動態における加齢現象が促進されているという観点から、人工心臓の動物を実験対象 として選択した。
本研究では、人工心臓の慢性動物実験を行い、自然心臓による循環と、人工心臓循環の循環動態の非線形ダイナミクスの比較検討を行った。また循環制御 系について更に深く追求するために、交感神経活動電位の計測を行い、人工循環における中枢神経活動について考察を加えた。更に種々の制御方式について、加 齢現象の進行と、制御アルゴリズムの検討により加齢現象を制御する循環動態について追求した。?
人工心臓は世界中の施設で開発が進められており、大きくは補助人工心臓と完全人工心臓に分類され、更にエネルギー源も含めて完全埋め込み型であるか どうかと言う視点からも分類される。ここでは、加齢現象が促進されているという報告が行われていることから、外付けの両心バイパス型人工心臓を選択した。
生体は非線形ダイナミクスを持つ制御システムを駆使してカオス的な安定性を保持しているわけだが、人工臓器はある意味では単純、ともいえる概念の具 現化とも考えられる。人工臓器の中でも人工心臓のアイデアは比較的早期に着手されたものの一つであるが、これは心臓、と言う臓器の機能の極端な単純化に よって実現したものといっていい。すなわちポンプ機能という単一の機能への集中である。現在までに臨床に供されている人工心臓は、生体の制御システムから はある意味では全く独立であり、かつ内分泌機能など近年発見された新しい機構は無視したままである。このような単純化された人工心臓によって生体ではどの ようなことが起こっているのかを検討することは、今後の人工臓器の発展を考える意味でも非常に興味深い。
BiVAD.jpg 正常な循環と人工心臓循環を対比するために両心バイパス慢性動物実験モデルを製作した。正常な循環を検討するときは、ヘパリン化して人工心臓の駆動 を中止し、人工心臓循環を計測する時点では心臓は電気的に心室細動とし、人工心臓の循環のみで全身の循環を維持する(10-12)。この実験により、同一 個体における覚醒状態での自然な循環と人工心臓循環の比較が具現化することができる。これはカオス解析のような非線形解析においては非常に重要な計測の条 件である。
人工心臓による循環維持では、自然心臓による血行動態時系列曲線アトラクターと比較して、一見してアトラクターのもつ力学系の単純化が示唆されてお り、リアプノフ指数から計算されるKSエントロピーやフラクタル次元の計算の上でも非線形力学系の変化は明らかであった。人工心臓の駆動条件を固定してい るので、自発的にに心拍リズムや血管抵抗がゆらいでいることが周知である自然心臓と比べ力学系が単純化したものとも考えられるが、実は末梢血管抵抗だけを 観察してみると、逆に正常な心臓よりゆらぎの成分が大きくなっているのも観察され、生体がゆらぎを、ある意味で欲しがっているのではないかという仮説も検 討され、非常に興味深いものがある。
更に長期間での心臓血管制御系のアダプテーションの問題も考えられ、これらの病態生理学的、臨床医学的意義を追求していくには、今後、更に洗練された数学的な方法論による検討を要するものと考えられた。
自律神経活動
一時は共産圏等を中心に各国の威信をかけて繰り広げられていた人工心臓の長期生存オリンピックは、最近でこそあまり顧みられなくなったが、人工心臓 の長期生存実験がなぜ必要かという原点に立ち帰ってみると、結局、人工心臓の評価は、長期生存実験によってしか可能でなかったことによるということがわか る。2つの人工心臓を比較する時に、より長期生存をもたらした人工心臓の方が優れているはずだという評価基準である。これに対して更に洗練された方法論を 構築するべく、種々の人工心臓が生体に与える影響を種々の方法論で明らかにし、理想的な人工心臓の設計に役立てようという試みが行われている。
その代表的なものが、人工心臓循環における生体制御系、特に自律神経機能の解析である。人工心臓動物における自律神経活動電位の計測については我々 は 1987年頃から様々なレポートで報告してきたが、最近では国立循環器病センター、九州大学等でも計測が行われるようになり、昨年は東京大学からも制御に ついて、我々の制御コンセプトと全く同様の結果が報告され、注目されている。この神経活動の評価を行うことにより、ゆらぎのない人工心臓駆動におけるカオ ス性の成因を更に追求することが可能になるのではないかという可能性が期待される。
同一の対象において結果を比較するために、人工心臓は両心バイパス方式を採り人工心臓循環では心電図は心室細動とした。経後腹膜的に左腎動脈にアプ ローチし、腎交感神経にステンレススチール双極電極を接触させて活動電位を記録している。人工心臓循環では交感神経のバースト発射が、自然心臓ではなく人 工心臓に同期しているのが観察される。これを非線形数学路論の方法論を駆使してカオス性について検討するべく種々の方法論が試みられた。
カオス的ダイナミクスの特徴の一つに鋭敏な初期値依存性があり、位相空間において隣り合っていた軌道は速やかに分離する。この特徴を数学的に表現す る方法論の一つにリアプノフ指数解析がある。ここではWolfらの方法論によって最大リアプノフ指数を解析したところ、最終的に正に収束するのが確認さ れ、決定論的カオスに特徴的な初期値依存性の存在を示唆されていた。従って、血管運動などを規定すると思われる自律神経においてもカオス的なダイナミクス の存在が示されていることがわかる。
では交感神経活動のカオス的ダイナミクスは、血管運動を介して人工心臓の循環のカオス性を規定しているのであろうか
この点を明らかにするためには、カオスに代表されるような非線形ダイナミクスにおける情報の流れを明らかにする必要がある。線形システム解析におい てはスペクトル解析等の方法論を駆使して、伝達関数や関連度関数から周波数成分の原因を追及するのが一般的ではあるが、これらの方法論はカオスに代表され るような非線形ダイナミクスの解析には、もちろん適当ではない。ここではかかる面を鑑み、確率論で提唱される相互情報量の概念を用いる。具体的には神経活 動と血管抵抗を一対の系 (S,Q)を定義して「sの測定値がわかっているときに、qについてどれぐらいの情報量(bits)が平均して予測されるか」というように相互情報量が定 義された。計算アルゴリズムはfraserらの方法に従い、(s,q)平面にデータをプロットして短冊状に分割して計算した。相互情報量が大きいほど一対 の時系列の片方の情報からもう一方の情報量が多く予測されることになる。
相互情報量解析の結果より、人工心臓循環における交感神経と血管抵抗のカップリングは、駆動条件によっては自然心臓のそれよりも強力になっているこ ともあり、かかる点から交感神経も持つ非線形ダイナミクスは、血管系の制御を介して人工心臓循環のカオス性に強力な影響を与えていることが明らかとなっ た。極めて密接に結びついていることが当たり前という観点も成り立つ循環動態と交感神経活動のカップリングにおいて、人工心臓循環の方が、神経系と自律神 経がより強力に結びつくこともあり得るという結果は極めて興味深いものであり、今後更なる検討を要する。
相互情報量解析結果を、心臓と血管と神経という三つのパラメータの視点より考察すると、本来は神経系は心臓も血管も両方とも制御するものであるが、 心臓を制御するのは交感神経、副交感神経のような自律神経系だけではない。神経性因子・液性因子の他にも前負荷・後負荷の力学的な影響も受けることは広く 知られており、様々な制御系が関与している。従って自然心臓循環ではその循環動態は神経だけではなく、他の多くの因子が関与していることになる。これに対 して人工心臓循環では種々の制御系は少なくとも人工心臓の駆動には全く影響を与えない。制御系が関与するのは血管系のみであり、血管抵抗やコンプライアン スの制御を介して人工循環に影響を与えることになる。
従って人工心臓循環において神経系と循環動態のカップリングが強くなる場合があるのは、他の制御系が心拍変動を介して循環動態に影響を与えるという 因子が除去されるためかもしれないと言う仮説が成り立つものと考えられた。この点は更なる追求が必要であり、今後液性因子の計測などを含めた更なる実験の 蓄積が必要と思われる。
少なくとも人工心臓循環でも循環動態を支配すると思われる末梢血管、肺血管等の血管系の経時的変化、またそれを支配する神経系ともにカオス的ダイナミクスの存在は明らかであり、更にこの2つの因子の間の非線形情報の流れも明らかに示唆されたものと考えられる。
これは人工心臓を用いたオープンループ解析によって初めて明らかになった事実と考えられた。
人工心臓循環においてもカオス性は維持されており、それは中枢のもたらす神経活動の非線形情報によって規定されていることが明らかとなったものと考えられる。
このカオス的ダイナミクスは圧受容体を介した反射経路により中枢にまた影響を与え、心拍変動を規定することは自明であり、血管運動が循環動態の持つ カオス的ダイナミクス全体を支配しているという視点も成り立つ。この血管運動は中枢神経系に支配されていることは、相互情報量解析による非線形情報の流れ を解析した結果より明らかである。
従って、心臓血管系のカオス的ダイナミクスは、中枢神経系の制御する血管運動に起因する可能性があるものと考えられる。
しかしながら本研究の持つ方法論の限界もある。すなわち、本来クローズドループである心臓血管制御系をオープンループ化することはそれだけで生体に 重大な影響を与え、結果は修飾を受ける可能性がある実験である。例えば、我々も以前報告したが、ゆらぎのない人工心臓を負荷することによって、制御系のゆ らぎ成分が影響され、例えば交感神経系のゆらぎ成分は増大することもある。これらの結果は当然本研究の結果に重大な影響を与える。また事象のそもそもの原 因を探る問題は、どの分野でも困難であるが、卵が先かニワトリが先かというような堂々めぐりに陥ってしまう場合もある。本研究では心臓を除去して成因を追 求して中枢神経系にたどり着いたが、逆に血管系の因子を除去する立場もあり得る。これらの観点からも本研究の成果は明らかに限定された状況によるものでは ある。従って、本研究の成果は、心臓血管系のカオス的ダイナミクスは、交感神経系を介した血管運動によっても説明できうる動特性である。ということは最低 限、証明できたものと考えられた。
加齢現象と人工心臓制御
本研究では加齢促進モデルとして人工心臓慢性実験動物を選択している。そのために両心バイパス型の人工心臓装着動物を作成し、慢性動物実験を行っ た。人工臓器における循環動態の病態生理学的な異常としては、動脈圧の上昇、中心静脈圧の上昇、甲状腺ホルモンの異常など多くの現象が報告されている。こ れらの病態生理学的な異常の原因として、まず心拍出量が足りないという説や、心臓の切除によるレセプターの欠如、また人工心臓による解剖学的な心房や大血 管の圧迫等、多くの可能性が示されてきた。そこでこれを克服するために、種々の自動制御システムの提案や、心房での電気刺激、また種々の薬物投与など多く の試みが行われてきた。しかしながらこれらの病態生理学的な変化を完全に克服するまでには至らなかった。
本研究ではこれらの病態生理学的な変化を、加齢という現象の一種の促進反応ではないかという仮説を考案した。そしてそれらの変化の成因を追求し、効 果的な対応策を検討するために、従来行われてきたようなトータルシステムを微分的に分解してゆくようないわゆる要素還元論的な手法ではなく、システム全体 に注目した全体論的な解析法について検討した。そこで世界記録を更新した完全置換型人工心臓慢性実験山羊の血行動態時系列曲線の記録を行ったが、安定した 計測を具現化するために、カニューラ内圧による血行動態記録を行っているために、圧波形にはいわゆるWater hammer現象により高いピーク圧が記録され、連続時系列曲線によるカオス解析には非常に困難に直面した。ストレンジアトラクターを再構築しようにも、 主成分分析を行うと、非線形ダイナミクスに最も大きな影響を与えているのは人工弁のWater hammerという結論になってしまい、病態生理学的な異常の成因を追求するには不適当であるという結論が得られた。またもちろん人工心臓動物であるから には、心電図の記録は論外であることは自明である。そこで血行動態の大本になっているという観点からも、人工心臓の拍出波形を電磁流量計を用いて計測し た。得られた時系列曲線をTakensの理論に基づき4次元の位相空間に埋込みを行い、3次元の位相空間へ投影し、ストレンジアトラクターの再構築を行っ た。
従来は人工心臓には複雑な制御はいらないのではないかという仮説が欧米等を中心に提唱されてきており、例えば最も単純化された制御と言うべきかもし れないいわゆるスターリンの法則に則った自動制御システムなどが、その単純な制御アルゴリズム故に広く用いられる趨勢にある。しかしながらこのような単純 な制御では、例えば中心静脈圧の上昇などの病態生理学的な変化には対応できないと言う報告も行われている。すなわち、中心静脈圧の上昇に合わせて心拍出量 を増加させても、一時的に中心静脈圧が下がっても、更にまたしばらくするとじわじわと圧が上昇するという悪循環に陥り、やがては心拍出量が通常の1.5倍 から2倍にも増加していわゆる「過剰心拍出量症候群」に陥るという報告である。これらに報告に呼応して、前負荷ではなく後負荷、すなわち大動脈圧の方に注 目したのは、ペンシルバニア大学の人工心臓開発チームである。彼らは大動脈圧が一定になるような駆動制御方式を考案し、世界で初めて一年を越える人工心臓 動物の生存実験に成功した。しかしながらこの方式でも、中心静脈圧の上昇のような現象には対応できないと言う報告もなされてはいるが、簡便なアルゴリズム で実現可能な実用的な自動制御システムである。これらに対して、人工心臓の制御を埋め込まれた動物の循環制御系にゆだねようという考えから、東京大学を中 心に末梢血管抵抗に注目した「1/R制御」という概念も提案され、斯界の注目をあびている。これは末梢血管抵抗値の逆数を利用することにより、人工心臓の 制御用入力とする方法論である。血管抵抗値は大動脈圧、中心静脈圧の差分から末梢循環における潅流圧を求め、電磁流量計で計測された人工心臓拍出量から、 オームの法則で抵抗値を算出する。この制御の方法論で山羊の長期生存実験を行っているうちに、末梢血管抵抗で人工心臓を制御する方法論を学び、やがて自分 で人工心臓を制御するようになるという、ある意味での一種のバイオフィードバックを形成する大変興味深い制御理論である。この制御方式の採用によって、東 京大学では人工心臓長期生存の世界記録を亢進し、また中心静脈圧の上昇などの病態生理学的な変化も観察されなかったと報告している。
何故であろうか?
従来の駆動制御理論による拍出流量時系列曲線のアトラクターを観察すると、この制御では左右のバランス制御を基本に右房圧左房圧をバランスし、肺鬱 血を予防する制御が行われており、さらに人工心臓の過剰心拍出量を抑制するための制御が行われているが、これと比較して1/R制御による人工心臓拍出流量 時系列曲線のアトラクターを観察すると一見して幅広い形に変化しており、人工心臓拍出流量曲線にゆらぎの成分が加味されていることが推測される。このゆら ぎ成分について詳細に検討するために、スペクトル解析、フラクタル次元解析、相関次元解析、リアプノフ指数解析、ボックスカウンティングによるリターン マップ解析、KSエントロピー計測など多くの非線形力学などの方法論を駆使して検討を加えた。
例えば、スペクトル解析の方法論による解析結果によって、アトラクターの幅の広さは、種々の周波数のゆらぎ成分の複合によって発生していることが示 唆されていた。また興味深い結果もいろいろと得られている。例えば1/Rの制御アルゴリズムは約六秒間の血行動態時系列曲線の移動平均を元に目標心拍出量 を計算し、目標拍動数を設定している。これは、呼吸性の周期性変動よりもおそく、Mayer wave変動成分よりも早い周期となる。1/Rの拍出量スペクトルには、この自然界には存在しない周期性変動が発生しているという興味深い観察結果が得ら れている。これは、この観察結果がMayer wave変動成分や呼吸性変動成分の発生機序にも敷衍できうる可能性を保持している点で、生体におけるゆらぎ成分の存在を説明する点で非常に意義深い観察 結果であるものと思われる。すなわち生体の周期性ゆらぎ成分もまた、この1/R制御アルゴリズムのような制御機構の存在が前提となって発生している可能性 があるという仮説の提示である。
これに対して我々はさらにこの移動平均時間を変化させ、より鋭敏な一拍毎の1/R制御アルゴリズムも構築し、実験してみたところ、この制御では呼吸 性の血行動態時系列曲線のゆらぎが極端なまでに増幅され、制御が発散するという現象も観察された。これは、1/fゆらぎやいくつかの周期性変動成分に分散 していたゆらぎ成分が、一拍毎の1/R制御によって呼吸性変動成分が立ち上がることにより本来カオス的ダイナミクスを保持して安定していた循環動態がリ ミットサイクル化して破綻する現象とも考えられ、循環動態におけるカオス的ダイナミクスの持つ機能的な意義を考察する上でも興味深い結果と考えられた。こ の現象は中枢神経系における代表的な高次神経活動である認識や記憶における脳神経活動に発見されているカオス的ダイナミクスの機能的な意義と考え併せるこ とにより、より興味深い結果に敷衍される可能性も考えられ、生体における普遍的な情報処理機構のアルゴリズムを考える上でも面白い。
スペクトル解析は周期性変動成分の定量的解析には非常に有用な方法論ではあるが、本研究では更に全体論的な非線形動特性を追求するべくストレンジア トラクターを再構築して解析に用いている。アトラクターの定量的な評価のために種々の方法論を用いて追求した。例えばアトラクターの次元解析において頻用 されている相関次元解析では、計測時間に限界があるのであまり極端に埋め込み次元をあげられないと言う限界はあるものの、1/R制御では単なる左右バラン スをとった制御と比較すると、拍出量アトラクターの有意の相関次元の増加が観察されている。また多くの力学系の関与が自明である循環制御系の解析において 相関次元をいくつまで上げても限界があることは明らかなので、逆に2次元平面にリターンマップを作成し、ボックスカウンティングによってフラクタル次元を 求めたところ、やはり同様に1/R制御におけるフラクタル次元の増加が観察されていた。
更にストレンジアトラクターでは、位相空間内で隣り合った軌道は時間軸に沿って離れていくことが知られているが、この軌道の分離はリアプノフ指数な どで定量化され、ここからKSエントロピーやリアプノフ次元も計算される。これらの情報量の解析の結果はやはり1/R制御における循環動態の持つエントロ ピーの増加を示している。フラクタル科学における次元の計算法にはリアプノフ次元、相関次元、情報量次元などの多くのアルゴリズムが知られているが、数学 的に理想的な状態においては、どの計算法を用いても、求められた次元は基本的には一致することが知られている。ここで例えば情報量次元などは情報量エント ロピーの項を持つ。従って、1/R制御による制御アルゴリズムへの生体情報の入力が基本的に非線形力学系におけるダイナミクスに変化を与え、情報量エント ロピーの増加をもたらしている可能性が考えられるものと思われた。
従って本研究で明らかになったことの一つは、人工心臓置換動物における加齢現象に相当する病態生理学的な変化、例えば中心静脈圧の上昇等をもたらさ ない人工心臓制御アルゴリズム、例えば1/R制御、においては、フラクタル次元やKSエントロピー等の増加にような非線形ダイナミクスの変化が観察されて いる。ということである。人工心臓置換動物においては自然心臓の循環を維持した動物と比較してカオス的なダイナミクスを支配する非線形動特性の単純化が明 らかなことは東北大学における両心バイパス実験でも明らかになっており、ここで観察された1/R制御における非線形ダイナミクスの変化は、人工心臓循環を 自然心臓循環の非線形ダイナミクスに近づけているという可能性も考えられる。
もちろん様々な実験条件の拘束による問題点があることは明らかで、軽々しく結論に結びつけることは危険ではあることは十分承知の上で、あえてこの結 果を単純に素直に観察すれば、下記の結論が得られることも考えられる。すなわち、人工心臓症候群でシミュレートされるような病態生理学的な変化を加齢現象 として考えれば、これは人工心臓による循環性制御の持つ非線形力学系の単純化に起因している。従って、例えば、末梢血管抵抗のような生体情報を人工心臓制 御アルゴリズムに入力することで、加齢に相当するような病態生理学的な変化が抑えられる可能性があるということである。
これを更に敷衍すれば、生体における加齢現象全体を制御系の非線形ダイナミクスの単純化、と言う風に解釈できる可能性を保持しており、これは生体の 制御システムの劣化がすなわち加齢と言う現象に結びつくという視点が提示される。従って劣化した制御系をある種の人工臓器で制御してやれば、ある程度加齢 現象を制御できる可能性をもてる、と言う概念からも非常に興味深い結果と推察された。
機械における故障の発生率は、加齢現象における疾患の発生と相関があることが広く知られており、注目されている。
ここで重要なのは、初期故障と、末期の磨耗故障の発生である。
これらは、それぞれ新生児の死亡率と、成人病の死亡率に対応すると報告されてきた。
この興味深い現象は「人間は機械である」という説の根拠の一つとして広く理解されている。
この現象と本研究の結果を合わせて考えると非常に興味深いものがある。
例えば下記のような仮説が提出される。すなわち、生体の制御系という機械部品に磨耗故障が発生すると、心臓血管系における循環動態の非線形力学系の変化を介して、加齢現象が発現するということである。
生体における制御系の故障は非線形ダイナミクスの変化をもたらし、力学系の単純化をもたらす。
例えば非線形力学系における決定論的カオスがリミットサイクルのダイナミクスに変化し、カタストロフに至るような課程である。
ここではカオス理論とカタストロフの関与を考えていくことも、加齢現象の成因を考察していく上で、興味深い可能性の一つとして残っていくことも考えられるものと思われた。

2006年4月8日土曜日

information technology medical field


インフォメーションテクノロジーのメディカルフィールドへの新展開

ITを医学用語に訳せば、医用生体工学ということになる。
インフォメーションテクノロジーは、情報技術等と直訳されているが、様々な情報を処理するテクノロジーの総称であり、コンピュータテクノロジーやインターネット技術、マルチメディアにおけるバーチャルリアリティのような信号処理等が代表的なものであるとされる。
このような情報処理技術は、医用電子工学の研究分野の発足と同時に研究されてきたものでもある。古くはMEと言えば、心電図や脳波を思い浮かべる 方々が多かったことからも分かるように、生体時系列情報の信号処理技術は医用生体工学における大きな柱であったし、現在もカオスやフラクタルなどの非線形 力学理論の応用に代表されるように、ITそのもの、情報処理技術そのものが、ME研究の中心に座し続けている。
より精度の高い生体情報を、より非侵襲に、という医学サイドからの要求が常に続けられることが自明である以上は、ITは今後も医用生体工学の重要な 部分を担い続けることは間違いない。森首相の就任とともに突然マスコミを賑わすに至った観のあるITという単語を見て、「何を今更騒いでいるのだろう?」 と、一週遅れのランナーを見るかのような感慨を抱いた医用生体工学領域の研究者は多い。
IT関係の医用生体工学技術と言えば、バーチャルリアリティ関連の手術支援システムがまず話題になる。
東京女子医大では以前から脳外科手術におけるバーチャルリアリティの応用を進めているほか、東北大学でも近年注目を浴びる心血管インターベンション 手術の領域に置いて「バーチャルPTCA」のようなシステムの開発を進めている。このような、IT技術の応用によって手術成績が飛躍的に向上する可能性は 大いに期待されているし、欧米でも積極的な開発が進められている。
例えば1998年には、マスタースレーブマニュピュレータの開発によって、インテューティブサージカル社からコンピュータ制御ロボット遠隔手術装置 「ダ・ビンチ」の臨床応用が欧米で開始されている。 このシステムでは,術者の動作に対するロボットの動きを5対1程度まで縮小することが可能であり,また術者の生理的振動がロボットでは消失するため,縫 合・結紮などの微細な手術操作は,直視下に行なうよりはるかに容易になると報告されている。また1999年には医療用ロボット開発のコンピューター・モー ション社が、外科手術ロボット「ゼウス」を使った内視鏡による冠動脈バイパス手術に世界で初めて成功したと発表したのは記憶に新しい。近年富に飛躍的に切 開創が小さくなってきた外科学領域であるが、これまでには、例えミニマリーインベーシブサージェリーと言えども、心臓の手術では、30センチから40セン チの胸部切開が必要とされたが、最近のロボットサージェリーでは鉛筆の太さ程度のいくつかの切開を行うことで開心手術が可能となる。患者の負担を大幅に軽 減し、早期に回復させられるというこのシステムは、コンピュータ制御で細かく正確に動かせる3本のマジックハンドを持ち、患部の状況を2D、3Dで画面表 示させ、動きを確認しながら手術ができるようになっている。
競争があるのは欧米の医学界の活力源になっているのかも知れないが、2000年に「ダ・ビンチ」システムが、米食品医薬品局(FDA)が認可される と、ライバルの医療用ロボット会社、コンピューター・モーション社から特許権を侵害しているとして訴えられている。このシステムは113名の患者で試験さ れ、その成果を通常の手術を受けた132名の患者と比較したところロボットシステムが通常と同じだけの安全性と効果を生むことが証明されたとFDAは判断 した。ロボットシステムを使った手術のほうが40~50分長く時間がかかったが、それはこの新技術に対する医師の経験不足のせいもあるとFDAは認識して いる。対してコンピューター・モーション社は、ロボット手術システム8種の特許を持っているので、インテューティブ社が「ダ・ビンチ」等で特許を侵害して いると主張し、特許権侵害訴訟を起こした。特許権を扱う弁護士筋からはインテューティブ社がコンピューター・モーション社にライセンス料を支払うか、ダ・ ビンチを作り直すかしなければならないかもしれないと言う談話も出されている。欧米では莫大な市場を形成する医療業界は当然特許権その他の戦場となり得る 運命にあり、権利関係や特許の裁判がこの分野の発展の妨げにならないことを切に祈ってやまないものである。日本でも現在は東北大学を初め多くの施設に置い てこれらのロボットシステムの臨床応用が始まる段階であり、今年度の外科学総会では多くの手術ロボットシステムが一堂に介して「サージカル・シアター」で の展示が予定されている。
医用生体工学における外科学分野への応用と言えば、いの一番に上げられるのが人工臓器の開発だが、ミレニアムの終わりになって人工心臓の分野における時代を画するエポックメイキングとも言える飛躍的進歩が認められた。
経皮エネルギー伝送システムを内蔵した完全埋め込み型拍動流補助人工心臓の臨床応用と、アキシャルフロー型無拍動補助人工心臓の臨床治験である。
人工心臓は、心臓を切除して埋め込みを行う完全置換型全人工心臓と、心臓の働きの一部を補う補助人工心臓に分類されることはご存じの読者も多いと思 われるが、現在のところ完全人工心臓は空気圧駆動型の人工心臓が欧米の一部でブリッジユースに用いられているだけである。エネルギーも含めた電磁駆動型の 人工心臓は現在アメリカではペンシルバニア州立大学とテキサス心臓研究所の二カ所で臨床を目的にした開発研究が進められており、ペンシルバニア大学では臨 床前研究に入ったと伝えられている。日本でも、東京大学や国立循環器病センターで開発が進められている完全置換型全人工心臓は斯界でも脚光を浴びている。 東京大学で開発が進められる波動ポンプは、回転運動を拍動流に変換するユニークな機能を持つ全くのオリジナルな人工心臓で、駆動原理そのものが世界に類例 を見ない点でも注目に値する。現在は数ヶ月オーダーの慢性動物実験に成功しており、今後更に耐久性その他を検討して臨床へのアプリケーションが望まれる。 対して国立循環器病センターのシステムは、日本人も狭い胸に全てのシステムを埋め込むことは不可能であるという現実的な認識に基づいて、駆動装置を分離し て腹に埋め込むというコンセプトを具現化した。現在までに周辺機器の洗練化も進めており、インテグレートしたシステムとしては高い完成度を誇っている。
補助人工心臓としては、日本でも東北大学の振動流ポンプ、北海道大学のバルボポンプ、機械技術研究所の遠心ポンプやテルモの磁気浮上ポンプ等は有力 であるが、今年ペンシルバニア大学から報告された「ライオンハート」は、電磁誘導を応用した経皮エネルギー伝送システムを初めて臨床応用した点で注目に値 する。
ペースメーカーとは異なって、電池ではとうていカバーできないような莫大なエネルギーを必要とする人工心臓は、原子力のような高効率のエネルギーを 応用しない限りは外部からの電力の供給が不可欠である。現在まで臨床応用されてきた埋め込み型と名付けられた拍動型補助人工心臓であるノバコールやハート メイト等のシステムも、電力は電線から供給されており、真の意味での完全埋め込み型とは言えず、 QOL の観点からも最適とは言い難い点を残していた。20世紀も終わりになってついに臨床応用されたライオンハートは、従来と同様の拍動型補助人工心臓でありな がら、電磁誘導を用いてエネルギーは体外から供給される。この点で、初めて完全埋め込み型の人工心臓が臨床に供給されたと言い得る。ペンシルバニア大学で は完全埋め込み型の完全置換型全人工心臓の開発に数十年の歴史を保持しており、完全置換型人工心臓へも応用できる経皮エネルギー伝送システムが、まず埋め 込み型拍動流補助人工心臓のためのシステムとして臨床応用されたというスタイルである。
欧米で開発された人工心臓は一般的に言って日本人には大きすぎ重すぎると言う点が否めないが、拍動流を選択する限りポンピングチャンバー・プラス・ 駆動メカニズムとなるので小型軽量化には限界がある。そこで注目されるのが無拍動流人工心臓である。工学的にはモータの回転運動をそのまま拍出に変換する のが最適であり、かかる点からは遠心ポンプあるいは軸流ポンプが小型化には理想的である。この場合、無拍動、すなわち、脈のない人工心臓と言うことになる が、補助人工心臓では自身の心臓の拍動があるのでこの点の問題は少ないと考えられる。
今年の国際ロータリーポンプ学会で注目を集めたのは、三つの軸流ポンプの臨床治験の開始である。ジャービック2000、マイクロメド・ドベイキーポ ンプ、そして、ハートメート2の三つの軸流ポンプは全て心尖部脱血、大動脈送血で臨床応用され、心臓移植へのブリッジユースや重症心不全からのリカバリを 目的に欧米で既に数十例の臨床が報告され、特に日本からの聴衆を驚愕させた。ジャービック2000もドベイキーポンプもその開発初期から日本からの留学生 が深く研究に関わってきていたが、これだけ早い臨床応用の広がりは日本ではとうてい予測不可能であったと思われる。これらの軸流ポンプはいわば、船のスク リューを人工心臓として応用したような形態をとっており、心臓が単なる機械的ポンプで補助できるという点を極限まで押し進めたような形式である。補助心臓 として用いられていることもあり、勿論、全く拍動はない。このような無拍動埋め込み式補助人工心臓は原理的に小型軽量化が可能であり、日本人のような体格 の小さな東洋人への埋め込みには極めて有利である。新世紀を迎えようとする現在のエポックメイキングな出来事と思われる。
現在日本でも無拍動の人工心臓はいくつかの施設で開発されており、テルモ社のシステムは動物実験の長期生存では世界最高記録を更新し、臨床応用が可 能なレベルに達している。しかしながら日本で治験を行うに当たっては、政府による規制が余りにも厳しく、制度上の改革が必須である。空気圧駆動式補助人工 心臓においても、日本ゼオン、東洋紡と、世界最高のレベルの補助人工心臓が開発されながら、保険診療の適応になるのに時間がかかりすぎ、更には保険を通っ た後も制約が厳しすぎて普及の大きな妨げになったのは記憶に新しい。保険が通らない医療は現在の日本の医療現場では「キリシタン禁止令」と全く変わらない 現実的な禁止令であるとしか言いようがない。本邦で開発された優秀な空気圧補助人工心臓の市場が、日本の保険制度によって実質的につぶされたとしか言えな い状況では、ほぼ現在でも世界最高レベルに達しているテルモの完全埋め込み型磁気浮上ポンプが、どのような臨床試験の経過を辿るのかは厳密に見守って行か なくてはならないものと思われる。日本で開発が進められた優秀な人工心臓が、欧米でしか使えないと言う状況では話にならない。筆者らは、国際人工臓器学会 を預かる理事長の立場としても、現在の日本の状況には警鐘を鳴らしておきたい。
末期的な心不全に対してはこれまでにも補助人工心臓等のようにポンプで循環を補助する治療の他に、バチスタ手術のように心筋を切除する術式も試みら れてきた。2000年度に至って、ミオスプリントという新しい人工臓器を用いた全く新しい手術治療の方法論が考案されクリーブランドクリニックなどにおい て既に臨床に移され始めているので、今年度の臨床医学における新しい進歩として触れておきたい。バチスタ手術は左室心筋の一部を切除して左室の形態を変形 させ心機能を改善させることを計る手術であるが、ミオスプリントを用いる方法論は、いわば「ネジ止めバチスタ?」とも呼ぶべき手術で、左室の中央部を中隔 側に寄せるために、紐状のデバイスを用いてアンカリングする。これによって左室内の容量は約半分に減少したものが二カ所できる計算になり。バチスタのよう な心室形状の形成が行われると言うものである。バチスタ手術に比べれば圧倒的に手術手技が簡単であり、しかも二カ所で収縮することになるので、原理的には 二倍近い効果の期待されうる点から今後臨床応用が広まっていくことも考えられる。2000年のトピックと言い得るかも知れない。
人工臓器のような体のパーツを代用臓器として開発する立場もあれば、生体の全体の共同に注目して情報処理を追求する立場もあり得ることは指摘されて久しい。
このようなアプローチは、戦後すぐにサイバネティクスの研究として開始され、システムにおける情報の流れを定量化して検討するためには、ジップの情 報量理論やマンデルブロのフラクタル次元の理論等が注目され、最近ではカオス理論との関連性も取りざたされてきた。そもそも高等生物において認められるよ うな精密かつ多様な機能の発現は、内部環境の恒常性(ホメオスターシス)に負うところ大きいことは自明の事実として知られてきており、心血管系を中心とす る循環系もまた然りである。生体内の様々な系の中に置いても、心臓血管系は酸素の運搬や老廃物の排出など物質の移動を本質としているので、ダイナミクスな 観点が特に重要となる。
ここで有効になるのは従来の恒常性、ホメソスタシスのような静的な目標指数を保持する概念ではなく、もっとダイナミズムに着目したホメオカオス、ホ メオダイナミクスの理論になってくることは明らかであるものと考えられる。例えば、心臓血管系のような循環システムにおける物質の移動は、細胞のレベルで は分子単位で、また、臓器や個体のレベルでは種々の生体シグナルを用いて多重に、更には階層的に制御されているので、循環系のようなダイナミックなシステ ムを理解するためには、分子生物学的から高次のレベルに至る整合性のとれたホメオダイナミクス解析が不可欠になってくるものと考えられる。
このようなアプローチ法は、解析的なゲノムプロジェクトに対して統合性を主眼とするフィジオーム呼ばれ、注目されつつある。
フィジオームとは、physiome  (physio=life or natu re, ome=as a whole entity)という語彙の要素から構成された造語であり、生体の機能を構成的に解析し理解しようとするものである。ミレニアムも終わりに向かう1997 年にNIHに生体工学協会(BECON)が設立された背景には、医学や生物学と生体工学のとの境界が消滅しつつあるという認識がある。NIHでは、 BECONを中心にゲノムのような細かい要素に分解するアプローチに対応するものとして、フィジオームプロジェクトに力を入れ、「ゲノムからフィジオー ム」を大きな柱としていると伝えられる。フィジオームプロジェクトは、来るべき高齢化社会において、癌と並んで重要な医学的課題である循環器病の診断・治 療・予防に大きく貢献することが期待され、社会的意義の上からもその重要性が認識されてきている。
2000年度のトピックとしては、このような諸外国の研究支援状況を背景にして、日本学術会議医用生体工学研究連絡会が医用生体工学研究所設立準備 委員会を設けて審議してきた報告書がまとめられ、対外報告として了承されたことは、日本におけるフィジオームのマイルストーンとなっていくものと考えられ る。
思えば、ニュートン力学の時代から、科学とは自然現象の本質を追求することであったが、様々な運動の中の物体の運動を取り上げ、その本質を、質量と 換算して運動方程式に記述し、真理を追究する方法論は、質量の運動という1つの要素を解析するのに非常に有効であったことは論を待たない。しかしながら、 生命現象を解析的に追求し、果ては遺伝子1つ1つの機能を解明したからと言って、それで生命現象が分かったことになるかというと余りにも批判も多いことは 否めない。
新しいミレニアムともなる新世紀を迎えるに当たって、医用生体工学に置いても解析的な研究から統合的な研究へと方向転換する時期に入っているのかも知れない。
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更新日時:2006/04/09 22:41:58
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2006年4月6日木曜日


人は何故攻撃するのか?

怒りっぽい貴方に・・・

パーソナリティの個性としての攻撃性は、病態生理学的な反応及び行動との関連性において重要な問題である。
ジョセフソンやブッシュマンは、性格的に高い攻撃性を保持する対象者の方が、メディアにおける暴力映像が攻撃的な行動を促進しやすい傾向にあることを実験的に証明している。(1,2) これは、マルティメディア社会に置ける重要な知見として特筆される。
すなわち個々の高次脳神経機能を表彰する心理スケーリングで表される性格特性が、個々人の攻撃的行動を規定しているのである。
フリードマンとローゼンスタインのタイプA行動パターンの研究は、冠動脈疾患の発生と性格分類に大きな貢献をなしたが、近年のメガスタディでは否定 的な知見も散見されるようになってきている。最近では、このタイプA行動パターンの下位尺度とも言える怒り、敵意、攻撃性の三つがより冠動脈疾患の相関す るという報告も行われるようになった。
  • 怒り(Anger)
  • 敵意(Hostility)
  • 攻撃性(aggressiveness)
の三つは、AHAとしてまとめ表されるが、
  • 苛立ちや劇高と言った情動的側面としての怒り、
  • 悪意や否定的味方、態度といった認知的側面としての敵意=ホスティリティ
  • 人に攻撃を加える行動的側面としての攻撃性。
として、厳密には分類されている(湯川:心理測定尺度2)
そもそも日本のA型行動は「仕事中毒」が多く、会社などへの連帯感や責任感から断わることが苦手で、自己犠牲をして仕事を抱え込むためと言われる。 その上、日本人は協調性を保つために「敵意や攻撃性」を表わすことが少なく、その感情を抑制するのが特徴である。しかし、この抑制こそが病態生理学的に危 険なのである。
A型行動パターンでは些細なストレスがかかっても、交感神経がすぐ活発化して、血圧や心拍数が上昇したり、冠動脈の内膜を傷つけたりして、動脈硬化 を引き起こす。昂進した交感神経は内分泌系の副腎に作用し、コレステロールや中性脂肪を増加させたり、血液の血小板に働き血管のスパスムスや血小板凝集を 引き起こすのである。
加齢医学研究所に置ける研究では、タイプA行動パターンにおいて、有意の血中コレステロール濃度の上昇を認めている(3)。これらの症例では薬剤に 置ける反応性には有意の差を認めなかったが、性格分類心理スケーリングで規定されるところの高次脳神経機能特性と代謝の関連性を考える上で興味深い結果と 思われる。
高次脳神経機能を表す心理スケーリング尺度と、行動パターンや疾患の病態生理学的変化は高齢化社会を迎えますます重要になりつつある。

References
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更新日時:2006/04/06 18:21:01
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