2006年4月24日月曜日

左室収縮の時系列曲線のカオス解析


左室収縮のカオス解析による自律神経機能診断

新エネルギー産業技術総合開発機構研究プロジェクト

臨床の現場で、糖尿病等における自律神経障害や、脳神経疾患などにおける神経機能障害の定量的診断法の一環として心拍変動のスペクトル解析が汎用さ れている1,2)。しかしながらelectromechanical dissociationの問題を持ち出すまでもなく、実際の心臓の収縮と、心電図の時系列は、完全に一致するわけではない。
心拍変動は、交感神経系、副交感神経系等の自律神経の支配により影響を受けていることが薬理学的な除神経による多くの研究などにより報告されている 2-4)。また、これら神経性の因子の影響等の他に、液性因子の関与の可能性も報告されている1-3)。更に洞結節は前負荷や後負荷の影響にも依存するの で、心拍変動は多くの因子の相互作用により決定されるものである1-6)。
また心拍変動とは独立に、末梢血管抵抗の時系列曲線にもゆらぎが観察されることが報告されており6-8)、これらの抵抗値のゆらぎは、動脈圧反射系 を介して中枢にも影響を与え、ひいては心拍変動のゆらぎにも影響している。特に 0.1 Hz前後に認められる周期性ゆらぎ成分は、この動脈圧反射系に依存している可能性が報告されている4-8)。前負荷及び後負荷の影響は、機械的に洞結節に 影響を与えるものなので、心臓の収縮動態を画像として解析することにより、より精密な計測が具現化する可能性が高い。
心臓の収縮動態の画像的な診断法としては、心臓カテーテル検査や核医学的な検査、超音波心臓診断法などがあげられる。この中で長時間の心臓の収縮動 態の解析が一般病院レベルで可能なのは、超音波を用いる手法だけである。しかしながら心臓の断面図から左室内の容量をリアルタイムで解析することは多くの 困難を伴う。
本研究では最近開発された心内膜自動解析プログラム Acoustic Quantification (AQ) 法を用い、左室の容量をリアルタイムで計測することにより、左室の収縮のゆらぎを直接計測し、循環動態のゆらぎの新しい診断法を開発することを目的として いる。

方法

この研究に用いたのはHulett-Packard 社のSonos 2500である。この装置に、AQ法による左室内容量が、時系列曲線としてリアルタイムに出力ができるように改造を加え、実験に用いた。
AQPh.jpg
バックスキャッターの違いから左心室の内膜を認識し、左室の容量を計算するシステムである。心電図と左室容量の時系列曲線をデータレコーダに同時記 録した。得られた時系列曲線はADコンバータを介してパーソナルコンピュータに入力し、高速フーリエ変換(FFT)を用いスペクトル解析を試みた。FFT で処理する前に、時系列曲線を心拍単位のRR間隔と、左室の一回拍出量に変換した。得られたデータは、点時系列データを事象間隔系列として取り扱う方法で 処理した。すなわち拍数単位の点時系列データを事象間隔系列の連続時系列曲線に変換した後、平均RR間隔でサンプリングした。

結果及び考察

スペクトル解析結果を観測すると、従来の報告と同様に心拍変動のパワースペクトルには、0.1 Hz前後の周波数領域と、0.3 Hz 前後の周波数領域に明確なピークが認められ、周期性のゆらぎ成分の存在が示唆されていた。これに対して左室の一回拍出量の時系列曲線には、0.1Hz前後 と0.3 Hzの周波数領域に同様のピークが認められ、心拍変動の影響が示唆されていた。
心拍変動と一回拍出量のピークの存在の線形性について検討するために、関連度関数の手法を用いてコヒーレンシーを計算したところ、周期性のゆらぎ成 分の存在した0.1 Hz 前後と0.3Hz前後には高い線形性が認められていた。従って左室の一回拍出量は心拍変動と同様の周期性のゆらぎ成分を持つことになるが、左室の一回拍出 量のスペクトルでは呼吸性の周期性変動が非常に強い。これは呼吸性の左房圧の変動が強く影響している可能性もある。0.1Hz前後の周期性変動は血管抵抗 の変化による後負荷の影響に依存していることが考えられるが、この変化は圧受容体反射を介して中枢にも影響しているので、心拍変動にも影響していることに なり、両方の変化の反映を示しているものと考えられた。
一回拍出量が直接計算されているので心拍変動のスペクトル解析結果や動脈圧のスペクトル解析と併せて考察を続けることにより、心臓と血管系のゆらぎ成分を独立に観察しうる可能性もあり、今後とも検討を続けていきたい。 
MIattrax.jpg
循環動態のゆらぎにおいては本研究で検討したような周期性のゆらぎだけではなく、カオス的なダイナミクスに依存すると思われるフラクタル的な時系列 も重要である4,9,10,11)。 図に提示するのは、正常対象者と心筋梗塞患者の左室収縮のアトラクタである。明らかに非線形力学的に違った挙動を呈 している。
このようなアプローチは全く新しいカオス理論により診断法の開発に結びつく者であり、今後とも検討を要する課題である。

文献

  1. Hyndman BW, Kybernelik RI. Spontaneous rhythms in physiologic control system. Nature 233: 339-341, 1971.
  2. Pomeranz B, Macaulay RJB, Caudill MA, Kutz I, Adam D, Gordon D, Barger AC, Shannon DC, Cohen RJ, Benson H. Assessment of autonomic function in man by heart rate spectral analysis. Am J Physiol 248: H151-153, 1985.
  3. Akselrod S, Gordon D, Madwed JB, Snidman NC, Shannon DC, Cohen RJ. Hemodynamic regulation by spectral analysis. Am J Physiol 249: 867-875., 1985.
  4. Yamamoto Y, Hughson RL: On the fractal nature of heart rate variability in humans: effects of data length and beta adrenergic blockade. Am J Physiol 266: R40-49, 1994.
  5. Yambe T, Nitta S, Katahira Y, Sonobe T, Naganuma S, Kakinuma Y, Kobayashi S, Tanaka M, Fukuju T, Miura M, Mohri H, Yoshizawa M, Koide S, Takeda H. New artificial heart control method from the neurophysiological point of view. Akutsu T, Koyanagi H, eds, Artificial Heart 4, Springer-Verlag, Tokyo, 353-356, 1993.
  6. Yambe T, Nitta S, Sonobe T, Naganuma S, Kakinuma Y, Kobayashi S, Nanka S, Ohsawa N, Akiho H,Tanaka M, Fukuju T, Miura M, Uchida N, Sato N, Mohri H, Koide S, Abe K, Takeda H, Yoshizawa M. Origin of the rhythmical fluctuations in the animal without natural heartbeat. Artif Organs 17: 1017-1021, 1993.
  7. 山家智之、仁田新一、永沼滋、柿沼義人、小林信一、南家俊介、福寿岳雄、佐藤尚、吉沢誠、小出訓、阿部健一、自然心臓を除いた循環系にゆらぎは存在するか?自律神経 30: 370-373, 1993.
  8. Yambe T, Nitta S, Sonobe T, Naganuma S, Kaknuma Y, Kobayashi S, Tanaka M, Fukuju T, Miura M, Sato N, Mohri H, Koide S, Tamura K, Yoshizawa M, Takeda H. Is there any fluctuation in the hemodynamic parameters in an animal without natural heartbeat? Artif Organs Today 3; 93, 1993
  9. Mandelbrot BB: The fractal geometry of nature. Freeman WH and Company, New York, 1977
  10. Yambe T, Nitta S, Sonobe T, Naganuma S, Kaknuma Y, Kobayashi S, Tanaka M, Fukuju T, Miura M, Sato N, Mohri H, Koide S, Takeda H, Yoshizawa M, Kasai T, and Hashimoto H; Chaotic hemodynamics during oscillaed blood flow. Artif Organs 18; 633, 1994
  11. 山家智之、仁田新一、薗部太郎、永沼滋、柿沼義人、井筒憲司、小林信一、南下俊介、大沢上、田中元直、吉澤誠、小出訓、阿部健一、高安美佐子、高 安秀樹、阿部祐輔、鎮西恒雄、井街宏. 生体にゆらぎは必要か? - 人工心臓による検討. 第8回生理生体工学シンポジウム論文集:81-86, 1993.
更新日時:2006/04/10 18:22:56
キーワード:
参照:[循環器疾患に関するメディカルインフォーマティクス] [現在の研究テーマ

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